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自分づくりに向けた「未来からの宿題」

 リカレント教育、リスキリングに取り組む夏休み

2023年08月08日

社会・生活

主任研究員
大塚 哲雄

 酷暑の夏真っ盛りである。児童、生徒、学生は既に夏休みを満喫しているのではないだろうか。またもう少しでお盆休みという社会人も多いだろう。夏休みと言えば、海や山での楽しかったレジャー、そして新学期が始まる直前になって宿題に追われた日々を思い出す。今年の夏、あの頃の「やらされていた宿題」ではなく、「新たな自分づくりへの宿題」として机に向かってはいかがだろうか。

「世界で最も学ばない日本人」

 社会人の学びは、リカレント教育、リスキリングといった言葉で語られている。

 リカレントとは「繰り返す」「循環する」という意味。そしてリカレント教育とは学校教育を離れて社会に出た後も、それぞれが必要なタイミングで再び教育を受け、仕事と教育を繰り返すこと。政府広報ポータルに、そう記されている。また、個人が主体的に好きなことを学ぶリカレント教育とは違い、リスキリングはDXやGXなど企業戦略に基づき必要なスキルを身につけるのが一般的だ。

 現在、日本人はどのくらい学び直しをしているのか。パーソル総合研究所の「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」によれば、「とくに何もおこなっていない」が52.6%。調査対象国の中で日本が断トツで高く、前年調査の46.3%よりも増えている。今や「世界で最も学ばない日本人」となっている。

図表

社外学習・自己啓発実施の国際比較(出所)パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」より筆者作成

経済力が低下

 このような中、厚生労働省は人材開発政策の一環としてリカレント教育、リスキリング等を推し進めている。同省の人材開発政策担当参事官室幹部は、社会人の学び直しが必要な背景として、1990年代から進んだグローバル化、IT化の中で日本の国内総生産(GDP)の世界経済に占める比率(国際ウエイト)が低下し、日本の競争力に陰りが見え始めるとともに産業構造が変化し、より幅広く高度な職業能力が求められるようになったことがあると指摘する。

 また同幹部は「DX(デジタルトランスフォーメーション)、GX(グリーントランスフォーメーション)といった大きな波が来て、個人が主体的に学び直すことがこれまで以上に必要になって来ている」という危機感を抱く。さらに「学び直しをする人が他国より圧倒的に少ない状況が続くと、(一段の)経済力の低下につながってしまうのでは」と危惧する。

図表

日本のGDP国際ウエイト(出所)IMFデータより筆者作成

個人のやる気スイッチ

 厚生労働省はこのような危機感を背景に、公的職業訓練として在職者向け、離職者向け、学卒者向け、障害者向けなどさまざまな取り組みを展開。企業に対しては、「人材開発支援助成金」を通じて、社員に必要なスキルを習得させるための取り組みを後押ししている。

 また1998年に教育訓練給付制度をスタートさせた。その後2014年に専門実践教育訓練、19年に特定一般教育訓練と時代の変化に応じてメニューを拡充させ、個人の学び直しを後押ししている。

図表

教育訓練の種類と給付率(出所)厚生労働省ホームページより筆者作成

 しかし、このようなメニューを充実させても個人のやる気スイッチが入らなければ絵に描いた餅となってしまう。同幹部は「欧米では学位や資格がないと就けない職もある。このことが年収にも直結し個人のモチベーションに影響している」と言う。日本では新たな学位や資格の取得と、職や年収との相関がまだまだ低いのが実態だろう。

組織に実施責任

 また、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの後藤宗明代表理事はリスキリングについて、組織が実施責任を持つ「業務」であると説明する。デジタル化に伴う自動化から働く人々の雇用を守り、成長産業への労働移動を実現させるための方策がリスキリングというわけだ。アメリカではこの考え方が2016年から注目され始めたが、日本ではまだまだその意識が低いという。

 スイスにある経営大学院IMDが行った「世界競争力ランキング」調査結果(2023年)によれば、日本は64カ国中35位。調査開始以来最低で、国力の低下を表していると言える。この国力の低下から脱却し、DXやGXといった大きな波を利用して再び成長軌道に乗るためにリスキリングが必要となって来る。

写真

後藤宗明氏【同氏提供】

 しかし後藤氏は日本企業に次のような印象を持っている。「会社の向かう方向性と必要なスキルが結びついていないケースが多い。(社員を)どのような業務につかせるのかが明確になっておらず、個人の学び直しを自由にさせる社内環境は転職のための武器を与えているに過ぎない」というのだ。

まずは経営陣から

 また経営陣が自らリスキリングに取組む姿勢を従業員に見せていないのではと後藤氏は指摘する。企業の方向性、そのためのスキルは何かを明確にし、スキルを習得するための時間とコストを従業員にかけるべきあり、それを実施出来ていない経営陣が多いのではないか。

 後藤氏は、昨年参加した国際会議で米国経営者から「デジタルの分からない(欧米の)経営陣は市場からノーと言われ、株主に首にされる」という話を聞き、「自分の雇用がかかっているため経営陣も必死にリスキリングをしていると感じた」という。社員に求めるだけでなく、経営陣自らがリスキリングを行っているところに欧米企業の強さの源泉があるというのだ。

変化に適応したものが生き残る

 GX、DXの進展に伴い、世の中は大きく変化している。強いものが生き残るのではなく、変化に適応したものが生き残ると言われている。人生100年時代。個人として豊かな人生を過ごすため、また経済面を含めて社会に貢献するため、この夏新たな自分づくりを目指して「未来からの宿題」に向かい合ってはいかがだろう。

 新学期が始まる前に焦りを感じた来し方の夏休みを思い出し、行く末への備えを意識した余裕のある夏休みを過ごしたい。地球温暖化が終わり地球沸騰化とも言われている酷暑の時代に「ゆでガエル」になる前に。

大塚 哲雄

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